映画「ハッピーフライト」から学ぶプロの仕事

仕事に悩む新米インテリアコーディネーターさんにぜひ見ていただきたいおすすめの映画、「ハッピーフライト」(2008年 矢口史靖監督作品)。

ハッピーフライト 2008年 矢口史靖監督作品 出演:田辺誠一 綾瀬はるか他

TVでも何度か再放映されており人気の邦画の一つです。まずはあらすじを簡単に。

映画の舞台は羽田発ホノルル行き1980便。離陸後に起きた機体異常のため羽田空港に引き返し緊急着陸するまでの悲喜こもごもを、機長昇格訓練中の鈴木副操縦士(田辺誠一さん)、国際便に初搭乗の新人キャビンアテンダント斉藤(綾瀬はるかさん)、辞表を出すもなかなか辞めさせてもらえないグランドスタッフ木村(田畑智子さん)、最新コンピュータについていけないベテランオペレーションコントロールディレクター高橋(岸辺一徳さん)、ドックの新人整備士中村(森岡龍さん)らのエピソードを織り交ぜながら描く群像劇です。

おすすめポイント1:未熟な新米スタッフたちが主人公の群像劇

乗客の安全が最優先というプロフェッショナルさが求められる現場ですが、まだプロになりきれていない半人前たちも多く働く職場でもあります。

この映画には機長昇格の研修中という副機長をはじめ、キャビンアテンダント、グランドスタッフそして整備の現場にも新米の人間が登場します。憧れをもって働きだしたものの挫折して泣いてしまう人もいれば、上司に厳しいお叱りを受ける人、自信がないままおそるおそる働く人、面倒なことから逃げてしまおうとする人、それぞれです。
そんな彼らが巻き起こすトラブルや対応の仕方は、大なり小なり新米インテリアコーディネーターには心に刺さること請け合いです。

おすすめポイント2:新米とベテランの違いが学べる

この映画では、トラブルが勃発する半人前たちと、それをサポートするベテランや先輩たちの対比がことごとく描かれます。

仕事の優先順位と守るべき絶対のもの

離陸前の慌ただしい整備の現場。新米整備士中村がエンジンの中のスタートバルブの整備に来ました。
「せっかく来てもらって悪いんだけど、時間がないかもしれないのでそのまま待機を」とベテラン整備士小泉が指示します。小泉は限られた人員や時間の中で壊れているピトー管修理かスタートバルブの交換のどちらを優先するかを機長と相談するのですが、飛行機の騒音で聞き取れなかった中村は勝手に作業を始めてしまいます。

それに気づいた小泉は中村に「限られた人員と時間の中で優先すべき作業がある。その作業は7分でやれるのか?できないなら帰れ」と圧をかけます。

中村は憮然としたまま「7分でやれます」と答え必死に作業しますが、約束の時間を過ぎてしまいます。なんとか間に合い、同僚からは褒めてもらえるのですが、小泉は「もし1秒でも超えてしまうのなら簡単にやれると言うな」と怒鳴りつけます。中村は不服とばかりに工具箱をバンと閉めました。

その後、整備チームにフライト中の1980便が機体異常で羽田空港に戻ってくることが伝わります。自分が整備した1980便、しかも機体異常がエンジンの中で起きていることを聞くと、中村は作業中に何気なくスパナをエンジンの中に置いたことを小泉にとがめられたことを思い出して真っ青に。

慌てて自分の工具箱を確認すると、スパナが1個ありませんでした。もし工具をエンジン内に置き忘れたことが機体異常の原因だとしたら大問題です。整備チーム全員で必死に紛失したスパナを探し回るのでした・・。

華やかなイメージの裏にある厳しいリアル

フライト中の機内では、新米CA斉藤が行う食事サービスでビーフ食が切れて希望していたお客様に提供できない事態が発生します。トラブルを察知したベテランチーフパーサーの山崎が駆けつけ、フィッシュ食が魅力的に感じるような声掛けで難を乗り切りました。

先輩の背中を頼もしく感じた斉藤でしたが、昼休憩もろくにとれず、お客様からの要望対応を間違えてしまい、白ワインを誤って子供に提供してしまいます。直前で気づいた斉藤ですが慌てたはずみに白ワインを頭からかぶってしまったり、雑誌を要求したお客様に絵本を提供してしまったりとミスを連発してしまいます。

「もっと華やかで夢見たいな世界だと思っていた?あなたもう今日は下がって裏方作業をしていなさい」と山崎に叱責されて落ち込んだ斉藤は、CAに憧れている女子高校生から質問を受けて「どんな仕事でも大変だけど、CAは辞めておいた方がいいかも・・」とつぶやくと、トイレに逃げ込んで大泣きしてしまいます。

すっかり気落ちしてしまった斉藤ですが、先輩CAがファーストクラスのデザート制作に失敗してしまったことから挽回のチャンスを得ます。山崎は機内にある、材料になりそうな食材を寄せ集めて即席のデザートを作ることを思い付きます。山崎は斉藤に声をかけ、料理好きな斉藤は先輩CAたちにアドバイスしながら協力してタルトタタンを作り上げるのでした。

判断ミスが客をモンスター化させてしまう

一つの判断ミスが後で大きなトラブルになるストーリーも。

出発前に新米グランドスタッフ吉田が、温厚そうなビジネスマンに座席変更を願い出た時に、手荷物サイズオーバーのバッグを機内に持ち込みさせることを条件に座席調整を行いました。ところが勝手にサイズオーバーを了承してしまったため、搭乗時に中堅CAの田中がビジネスマンに貨物として預けるように伝えたところ、ビジネスマンは激怒。仕方なく手荷物として預かったのも束の間、機体が大きく揺れた時にビジネスマンのバッグが上の収納棚から落ちてきて、咄嗟にその場にいた原田機長の手に直撃して怪我をしてしまいます。また、機体異常で引き返すことになったお詫びにと田中がクーポンをお渡ししたところまたもやビジネスマンの逆鱗に触れ「2度と顔を見せるな、機長を呼んでこい」と大声を張り上げトラブルに。

チーフパーサーの山崎が「わたしが機内のサービス最高責任者です」とお客様のもとへ伺い、ホノルルへ引き返せと主張するお客様に、安全を最優先させるため引き返すこと、トラブルの時こそお客様にまた乗っていただきたいと思わせるサービスを提供したいこと、できれば田中に再度サービスを担当させて欲しいと毅然とお伝えします。ビジネスマンもその真摯で丁寧な対応に納得し、田中は最後までサービスを続行させることができたのでした。

自信のなさ、緊張がトラブル対応に差をつける

機長研修中の副機長鈴木と彼の教官のベテラン機長原田の対比も見事です。

鈴木は自信がない上に緊張しておっちょこちょい。パイロット帽をかぶるのを怠ったまま機体点検をしたことで、頬やワイシャツに油よごれをひっかぶってしまい陰でCAたちに笑われています。ミスで動揺が隠せない鈴木に、出発前に原田は「本当に出発していいのか?」と再三たずねます。

出発前に故障を直せなかったピトー管がフライト中に何らかの異常を起こし、まさかの羽田に引き返さざるを得ない事態に。しかも折りしも関東圏には台風が直撃していました・・。
予測していなかった事態に、鈴木は管制官とのやりとりも焦って感情的で攻撃的です。対して、普段は妥協を許さず威圧感たっぷりのベテラン機長原田は、トラブルが起きた時はまず鈴木を落ち着かせた上で冷静で的確な指示や助言を与え、鈴木を最後まで励まし続けました。

PCスキルをアップデートできないベテラン

新米とベテランの対比だと、とかく新米の方が不完全な存在として描かれがちですが、この映画ではベテランも厳しい現実が描かれています。

オペレーションコントロールセンターの責任者の高橋は、年のせいなのかコンピュータの扱いに不慣れな様子。「あーもう無理無理、ソフトが変わるとおじさんついていけない」と若手たちに操作を任せて、すぐ喫煙ルームに行ってしまう所在のなさを見せます。その後、暇そうにしているとコントロールセンターを見学に来た小学生たちの案内などの役を押し付けられていますが、台風による雷の停電で管制のコンピュータがシャットダウンした際に1980便の羽田緊急着陸を成功させるべくアナログな手法で見事なフライトシミュレーションを行うのでした。

映画のエンディング、無線担当の中島からパソコンを教わる高橋の姿にほっとします。ベテランにはベテランの知見がありますが、だからといってスキルがアップデートできなければ仕事で貢献することはできません。

こうした新米とベテランのリアクションの対比が、場面を変えて何度も出てきます。もちろんフィクションなのですが、ミスやトラブルがすごくリアルです。

新米とベテランで何がどう違うのか、自分だったらこう言う場合にどうするだろうか?
考え方や取り組み方を客観的に学べる良いチャンスだと思います。

おすすめポイント3:フライトを陰で支える人たちにスポットライトが当たっている

花形のキャビンアテンダント役を人気女優の綾瀬はるかさんが演じているので、どうしても機内のエピソードや彼女の無邪気な可憐さが印象に強く残りがちですが、この映画の本当の魅力は、花形のパイロットやCAだけのストーリーだけにとどまらず、グランドスタッフや整備士、管制官といったフライトを支える人たちに光を当てているところだと思っています。

わたしが一番心に残ったのは、新米整備士中村が、なくなったスパナを探している小泉のそばにいき「ご迷惑をおかけします」と声をかけるシーン。小泉に叱責されたことを思い出し、中村はさぞ気まずかったでしょうが、事態はそれどころではありません。
小泉はそんな中村を瞬きもせずにじーっと見つめ、「まさか・・エンジンの中(に置き忘れた)じゃないよな?」と低い声で鋭く一言。中村は必死で首を振るのが精一杯でした。

あああ・・、小泉の射るような鋭い視線もあいまって、私まで心がヒリヒリしました。
もし、自分たちのミスのせいで旅客機が乗客の命を危険にさらすようなことがあったとしたら。
そう、あの数秒の鋭い視線に「あってはならないこと」という飛行機業界全体の安全へのプライドを感じられたのです。
建築も、人の命を預かるシビアな仕事の一つなので「安全が当たり前」ということを達成するための努力が痛いほど伝わってきました。
ただ、小泉は厳しい存在ですが、失敗を重ねて責め立てるようなことはなく、黙ってゴミ箱をひっくり返して中村のスパナを一緒に探す頼もしい姿も描かれていました。
小泉役の田中哲司さん、すばらしい名演です。

この映画でおもしろいのが、航空ファンがトラブル解決のヒントを持ってくるところ。
飛行機が、乗る人、サービスを提供する人、大好きな人たちに支えられて運行していることが感じられてほっこりします。

エンディング、結局飛行機は目的地までお客様を運べず羽田空港まで戻ってきます。ハリウッド的なヒーローが出てきて活躍する内容でもなく、映画のストーリーとしては地味なものかもしれませんが、飛行機に携わる人々がもっとも大切にしていることがスタッフたちの奮闘を通して描かれている良作です。
エンドロールでは、新米たちのその後が描かれ、ああ良かったなと思えるすてきな終わり方でした。

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2024年1月2日。羽田空港にて着陸直後の旅客機と前日に起きた能登大地震の被災地へ救援のために飛び立とうとしていた海上自衛隊機との羽田空港地上衝突事故は未だ記憶に新しいと思います。生中継で機体が滑走路で激しく炎上する映像に言葉を失いました。

この事故により海上自衛隊機搭乗スタッフや旅客機の貨物に預けられていたペットが犠牲になりましたが、ただ、不幸中の幸い、旅客機側に死者はなく、奇跡の脱出劇を固唾を飲んで見守っていた方も多かったのではないでしょうか。

この脱出には、当該のJAL機の機長やCAをはじめ、ANAスタッフも現場に急行し対応にあたったと報道がありました。ハッピーフライトで描かれていた重要なテーマ「お客様の安全を最優先に」が、空港全体、航空業界全体で取り組んでいることを肌で感じ、現場の多くの皆さんの努力を見た思いです。