「一手間をかける=おもてなし」は世界で通じるのか?

今回のパリ行きの飛行機も日本航空を利用しました。
昨今のテロの脅威を考えた時に、リスクが高いものを排除し、利便性をみて・・
という優先順位とともに、「日系航空社のサービスを体験したい」ということもあり、意識的にサービスを受けています。

今回の機内食では、なんとAIR吉野家が登場。
時差ぼけ中、日本では夜時間帯にあたる牛丼タイム。
ただいま韓国政権のトラブルで「下野」というふた文字が世を賑わせていますが、下野さんや吉野さんといったお名前の方たちは日本以外で自分の名前を見つけたら感慨深いだろうなぁ・・・なんて、ぼんやり考えながら牛丼のふたを開ける私でした。

 

説明書をみながら食べる準備をする

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前回のAIRモスバーガーと同じく、周りの日本人の方たちはまず説明書に目を通しています。
おそらく機内食に説明書が出てくるなんて日系航空社くらいでしょうね!
おそらくほとんどの日本人が牛丼とはなんぞやを知っており、もちろん食べ方を知っているにもかかわらず熱心に説明書を読みます。
書いてあることは、「ふたをあけて肉を白飯の上に乗せたらトッピングかけて召し上がれ」という一文なのですが、イラストあり日本語あり英語ありの至れり尽くせり。
なにやら特別な、難しい作業のように感じてしまう方もいるだろうなと思います。

 

説明書通りに従う日本人は、説明も含めてサービスと思っている

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それでも、多くの日本人は面倒くさがらずに説明書通りに慎重に牛皿を取り上げ、牛肉をご飯にかけたあとでトッピングを順番にかけていきます。そこでフランス人はと見てみると、説明書を見ずに牛皿とご飯を分離させたまま食べている人、白飯に液状のだし醤油たまごをかけて食べている人、・・とまあ、色々。
最終的に胃の中におさまってしまえば同じですが、「次はこうしてね、次はこれかけてね」という細やかな指示に慣れている日本人は、説明も含めておもてなしのサービスと思っているのだなと感じた出来事でした。

 

なにをもってサービスと為すか

1122-6ところで、よく言われる「おもてなし」とサービス(service)とホスピタリティ(hospitality)いうのは、何が違うのかご存じでしょうか。
サービスというのは、ラテン語のservitus(奴隷)から派生した言葉です。英語でいうslave(奴隷)やservant(召使)はつまり、主従関係が根底にあり、従者が主人に仕えることによって対価が発生します。現代ですと、お金を払った人と受け取る人の間でサービスを売買していると言えます。
それとは別に、ホスピタリティは、ラテン語のhospics(客人を保護する)意味があります。hospital(病院)やhospice(ホスピス)といえば想像つきますね。客人、ということは主従ではなく主客対等の立場であり、主人が客のためにふるまう歓待の行為を意味しています。
日本では、ワンランク上の上質なサービスのことをホスピタリティとも言いますが、なるほどという気がします。

 

そこに対して日本のおもてなしというのは、「もてなす」を丁寧に表現した言葉です。
もてなしというのは、語源が二つあり、ものを持って成し遂げるという意味と、裏表ない心で誠心誠意で接する意味があります。ホスピタリティとは主客対等という立場では変わりませんが、一つ大きく違うのは、おもてなしの性質には「客人の五感と心に感動を与えること」ということ。
五感(目、耳、口、鼻、触感)を使って感動を与えることで、はじめておもてなしが成立するのです。

 

そう考えると、AIR吉野家は、説明書を読ませるなど一見面倒くさそうな工程が入りますが、おもてなしの観点からみると「こんなに丁寧に食べ方を説明してくれる(高級そうな)牛丼」「食べる前に作業があって楽しみ」「しばらく海外では牛丼は食べられないと思ってたけれど、嬉しいな」といった、ちょっとした感動を客に与えてくれるおもてなし御膳という事もできますよね。

 

ただ、この1アクションを起こさせる機内サービスが、「一手間かかったおもてなし」と捉えられるのか「不必要」と捉えられるのか? 引き続き、日本人らしいサービスを研究するためにJALで旅に出たいと思います。