大陸や街、思想が女神化する文化

吸い寄せられたように必ず訪れてしまう場所

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個人的なことになりますが、パリでどこが一番好きかというと、パリ東駅。
ちなみにパリには、北駅、東駅、リヨン駅、サンラザール駅、オステルリッツ駅・・などなどいくつかの長距離列車のターミナル駅がありますが、実は東駅というのはパリの東にあるわけではなく、「フランス東部への各都市やドイツ方面へ行く列車の駅」という意味の駅名なのです。

さて、東駅に着くと必ず駅の外に出ます。
外に出て見上げると、パリ東駅の棟木上にでーんと構える女神の像。
この女神の台座にはstrasbourg(ストラスブール)とあり、ストラスブールといえばドイツ国境に近い、フランスでは第7番目に大きなフランス東部の都市です。
世界史を学んだ方なら、石炭に恵まれたこの都市の支配権をめぐって、ドイツとフランスにとって因縁の街ということで覚えているかもしれません。アルフォンス・ドーテ作の「最後の授業」の舞台になった有名なアルザス地方の中心都市です。

つまり、strasbourgは、フランス悲願の領土でもあり、同時に死線でもあった街。
そのせいか、この女神は雄々しいというか、・・なんだか勇ましいのです。
サッカー放送でよく「絶対に負けられない戦いが そこにある」と叫んでいますが、strasbourgの女神をみるとこの一言を思い出してしまいます。

 

なぜだかわかりませんが、パリに来ると、この武将のような女神に会いに吸い寄せられたように会いに行ってしまいます。
そして、東駅前にあるドイツ系レストランで、シュークルートという山盛りの肉とキャベツの酢漬けザウアークラウトを食べて胃もたれを起こしてしまうのも毎度のことです。。
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気づけばこんなところにも、あんなところにも、女神

ところで、東駅の上に鎮座しているストラスブールの女神以外にも、実はパリ在住の女神は多いのです。
たとえば、私の大好きなオルセー美術館。
この美術館の玄関脇に、6体の見目麗しい女神がおられます。
実はこの女神たちは、全員胸がはだけておりますが、地球上の6大陸を象徴する女神と言われています。

800px-p1020797_paris_vi_esplanade_du_musee_dorsay_statues_des_6_continents_rwk出典:https://commons.wikimedia.org/wiki/File:P1020797_Paris_VI_Esplanade_du_musée_d’Orsay_statues_des_6_continents_rwk.JPG

 

そして、私の好きなrepublique広場。ここは、パリで蜂起するデモ隊の集合場所でもあります。
republiqueというのは、共和国という意味で、まさにフランス共和国の象徴。
ここの広場に君臨する女性こそは、庶民を自由に導く女神マリアンヌ。
実はこのマリアンヌは、有名なドラクロワの絵画「民衆を導く自由の女神」の中央の女性でもあります。そして、かの有名なNYの自由の女神像も、フランスから寄贈されたマリアンヌだとか・・。

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出典:https://commons.wikimedia.org/wiki/File:Statue_Marianne,_for_Gloire_de_la_Republique_Francaise,_there_is_in_Place_de_la_Republique.JPG

こうしてみると、女神って象徴とはいえ、なかなか雄々しいのですね。
上半身はだけて戦闘を鼓舞するなんて、まったく現実味がありません。
女性的というか、男性が求めているような母性の象徴というか・・
女性=産む性、守る性、ヨーロッパ的な解釈での「自由」の性。

 

ギリシア神話と神格化

フランスにはこうした地名や象徴的な事柄を表現した女神像は他にもあるようです。
古くはギリシア神話から来ている神々であり、絵や銅像としての神々はほとんど擬人化されています。
たとえば全知全能の神、ゼウス。老年のようでいて体躯は若々しく筋骨隆々。
こうした神々への擬人化は、ギリシア神話自体の「人間らしい」神々の性質や性格に起因しているといえそうです。

 

それと比較して、日本でも、神々はその存在は八百(やおろづ)とも言われ、様々な森羅万象に宿るとされています。
竃(かまど)に宿る神や厠に宿る庶民的な神もいれば、樹齢の大きな木はご神木とも呼ばれ神がやどっているとも言われます。
ただ、仏像や阿弥陀如来像など仏教的なことを除けば、多くの神々は「いる」とされているだけで、絵画や彫刻などで擬人化されているのは天照大神や須佐之男命などの一部の「メジャー」な存在に限られます。
これって神が多すぎるからでは・・というよりも、擬人化に頼らずとも自然とその存在をあがめ奉ることができているからかなとも考えますが、皆様いかがでしょうか?

 

ただ、神としての捉え方、考え方は、日本(特に神道)とヨーロッパでは大きく異なることも付け加えておきます。
今日は雑記として書いているのでエッセイとしてとどめますが、このテーマは、フランス人向けの日本文化のテキストとして大事なテーマであり、来年からの動画配信の大事なテーマでもあります。

 

 

ところで、私の街赤羽の守護神を、女神化したとしたら。
・・・酔っ払い、ですかね? うう、他に思い浮かばない・・(しょぼん・・)