電車での出来事

先日、打ち合わせに向かうために電車に乗車したときのこと。
なんの気無しに座った座席が優先席でした。周りを見渡すと、その時座っていたのが妊婦とそのご主人、若い女性、サラリーマン。さほど電車は混んでおらず、女子高生がドア付近で数名きゃっきゃと笑い声をあげているのどかな光景。
次の駅でまとまった人数が乗ってきて、そのうちの一人の白髪の老婦人がちらりと優先席を見渡したので、「よかったらどうぞ」と席を立つと、老婦人は一瞬戸惑ったような顔をしつつも、「悪いわね、腰が痛くてね〜」と座席に座りました。
数年前に突然死した母が、晩年、「腰が痛くて最近は電車で立っていらないの」とこぼしていたこともあり、私にとっては母世代の人に申し出ることは自然な行為であります。たまに「結構です、ありがとう」と断られることもありますが、申し出て座るか座らないかは相手が判断すればいいことですし。
ただ、親切の押し売りにならぬようにタイミングや言い方には注意を払うようにはしています。

 

ちょうどこの車両が、目的駅の階段に近いこともあり、自分が座っていた座席の前に立つことにしたのですが、今しがた席を譲った老婦人の隣の妊婦のご主人がもぞもぞと居心地が悪い様子。
私がここに立っていることで、彼は居心地が悪くなっちゃったかな・・次の駅で隣の車両に移ってあげたほうがいいかなと考えていると、目の前の老婦人が買い物をしたてらしいショッピングバッグから小さな包みをとりだして「ねえ、受け取って下さらない?ささやかなお礼」と私に差し出してきました。
驚いて「いや、そういうつもりではないので・・」と断ると、「私の気持ちが収まらなくて・・」と老婦人。ここは受け取ったほうが彼女は気持ちが楽なんだろうなと理解して、「それならいただきます、ありがとうございます」と笑顔で受け取りました。

 

内心、ああ、彼女にも逆に気を使わせてしまったかな・・やっぱり次の駅で隣の車両に移ったほうがいいかなと身構えていると、次の駅で両腕松葉杖で入ってきた外国人男性とベビーカーを押した若い女性が乗ってきました。
彼らが乗った後にさっと降りようと思った瞬間、妊婦のご主人と老婦人が同時に勢い良く立ち上がり、松葉杖の男性を手招きしたのです。
外国人男性は戸惑ったような小さな声で”Never mind”(気にしないでください)と言いましたが、ご主人がサポートして自分が座っていた場所に外国人男性を座らせてあげました。
老婦人はほっとした顔で、また座り、私と目があった瞬間、大きく微笑みました。
ご主人も、妊婦の奥様の前に立ち、照れくさそうに笑っていました。
外国人男性も、連れの女性も、照れたように片言でお礼の言葉。
老婦人、怪我をした外国人男性、妊婦・・まさに優先席の人たちのためのスペースです。
なんとなく周りに立っていた人たちも、ドアの前のスペースをベビーカー用に確保するためにちょっとずつ移動。
きゃっきゃ笑いながら一部始終をみていた女子高生たちが、「今の見た?なんかすごいね」と小声でつっつきあっているのを見てたら、隣の車両にうつりそびれてしまいました。

 

数分後、ターミナル駅に到着。
老婦人も、外国人男性も、妊婦とそのご主人も、ベビーカーも、女子高生たちもいっせいに降りていき、私だけが取り残されました。
また新たに大勢の人たちが乗ってきて、私はそっと隣の車両に移り目的駅まで電車に揺られて行きました。

 

みんな、誰かの役に立ちたいという気持ちを大なり小なり持っているんですよね。
ただ、なかなか行動にうつすきっかけがなかったり、善意の押し付けにならないか気にしたり。
でも、何が正しい、というのは正解は無いと思いますし、あくまで自分で行動を選んでいくしかありません。
では行動を選ぶ基準とはなんだろう?
そんなことを考えさせられた出来事でした。

 
 

老婦人からいただいた包みはチョコレートの小箱でした。
丁寧に味わいたくて、帰り道でお花を買いもとめ、熱いコーヒーをいれておいしくいただきました。
今回、私が一番おいしい思いをしたのは間違い無いですね。
ごちそうさまでした。