江戸で発展した、泳ぐ宝石

梅雨明けしたら毎日むしむしと夏日ですね。

こんなに暑い暑い夏の日に、少しでも涼やかな景色を見て和みたい方には、この時期ならではのアートアクアリウム2016はいかがでしょうか。
東京では日本橋で開催され、大阪や金沢でも開催されるこのイベントは「金魚の美を愛でる」がコンセプトの期間限定アクアリウムです。

2016052501

出典:http://omoshiromedia.com/artaquarium2016

 

愛らしい姿でかっこいい水槽を泳ぎ回る金魚に感動するイベントではありますが、でも、そもそもなぜ金魚=夏の魚なのでしょうか。

 

 

泳ぐ宝石とも言われる観賞魚の歴史

金魚といえば「金魚すくい」、「金魚鉢」、「風鈴」・・いずれも夏のモチーフにもよく使われますよね。
その昔、室町時代に金魚は中国から輸入されたといいます。当時の侘び寂び文化の中で観賞魚として金魚を飼うのが武士のたしなみとしてありましたが戦国時代に突入し一度金魚文化はすたれていきました。
しかし、江戸時代になり、平和な世の中になると再び金魚は観賞魚として脚光をあびることに。なんでも、太平の世で職をあぶれた武士たちが副業として金魚を飼育して売っていたようです。そしてめずらしい種類を掛け合わせ、人の手で様々な種類の金魚が生み出されていきました。今でいうブリーダー産業ですね。金魚は高価なペットとして「泳ぐ宝石」とも言われました。

 

江戸の町には金魚を養殖する養殖家が多く、不忍池や入谷根津あたりが金魚産業の発祥地でしたが、やがて大島や小松川などに養殖家が移り住んでいったそうです。

 

養殖家が増えると金魚の値段も下がり、庶民が飼うようになると金魚産業はますます興隆していきました。当時はガラスの水槽などはなく、陶器の鉢で飼っていたようです。
しかし、江戸時代も中期を過ぎる頃にはオランダからガラス技術が伝わり、ガラスの金魚鉢が生まれました。涼やかなガラス鉢で泳ぐ金魚の優雅な姿は見た目にも夏らしく、季語にも金魚が使われるようなっていきました。

8a4c3c03a35d4c0f4fcede0312525fcf_s

いかがでしたでしょうか。
金魚は鑑賞魚として日本文化の中で独特の文化を発展させていきました。
ひょっとしたら、今流行のペットたちも数百年後は伝統の産業になっているかもしれませんね。