私が女性だらけの会が苦手な理由

起業してからもうすぐ1年が経ちますが、起業をしてからというもの「女性限定のセミナー」に誘われることが多くなりました。
それまで、男性に混じって仕事をしてきた私は、最初は「女性だらけってどうなんだろう?」と興味本位や知り合いを応援する気持ちで参加していたものの、次第に「女性限定の会」なるものが至極苦手なのだとわかってきました。
自分も女性ではありますが、女性ばかりの中で居心地の悪さからモジモジしてしまい、息苦しく感じて早々にその場を切り上げてしまうことが多いのです。
かといって、今お世話になっている朝活メンバーも(たまたまですが)全員女性です。
しかしそうした居心地の悪さは感じたことがなく、むしろ日々戦って人生を切り拓いているかっこいい女性メンバーたちに憧れと尊敬を抱いて接しています。
またお会いしたいと思って朝活の日を目処にスケジュールを立てたりしていることもあるので、一概に女性だらけの会が苦手とも言えないな・・と気づきました。

では、何が私に居心地の悪さを感じさせているのか?
今日は胸の内を書いてみたいと思います。
同じ様に女性だらけの会が苦手だなと思っている方にも、「あ、同じ様なことを思っている人だ!」と思っていただけたら嬉しいです。

 

1女性の会と銘打ちながら、男性が主催している

「女性だから話が合うだろうから」「女性同士、悩みを共有しませんか」
という理由で男性主催の「お茶会」「お話会」「勉強会」「ランチ会」に誘われることがかなり増えたのですが(この場合男性はファシリテーター役であることが多い)、地球上の人口の約半分は女性です。
しかも女性といっても独身の人、結婚をしている人、子育てをしている人、と価値観や考え方も違うこともあり「女性だから」気が合うということもなく、本音を話せ共感できるわけでもありません。
そこになんとなく「女性同士、仲良くさせて女性に特化したビジネスチャンスを創出しよう」といった主催者の意図が安易なお茶会やランチ会で透けて見えることが苦手なんだと思います。セミナーならセミナーでいいのに、あえてお茶会として「仲良くさせる」ことに、ちょっといやらしさを感じるというか。

 

2「女性は輝いているべき」という観念が根底にある

「すてきな女性でいたい」「ママでも私らしく輝いていたい」
こうしたテーマを掲げた女性の集まり。私はこの観念にはあまり執着はないですが、その私でもとてもしんどく感じます。
特に、日本人女性は、愛されているべき、幸せであるべき、老いても若さを忘れず魅力的であるべき・・・・・・・など多くの「べき」に縛られていると感じています。

男性であれ女性であれ、生きることに夢中になる、例えば、目標を追いかけたり、子育てに心血を注いだり、日々に満足しながら一生懸命過ごしていれば、輝いて見えようが見えなかろうが、正直どっちでも良いと思うのです。
大切なことは、人から言われたことを鵜呑みにするのではなく、ではあなたはどう考えるのか、どうしたいかをポリシーとして自分の根幹に大切に持っていること。そうした生きる信念が一番の色褪せない魅力につながるのかなと思います。

 

3「あなたは○○の人」と決めつけられる

私はホームページ上や名刺で着物を着ているプロフィール写真を使っているので、初対面の方から「お着物似合いますね」「しとやかそう」と言われることが多いですが、それは私の全てを表しているものではなく、私が持っているある一面。
だからか、違う一面を見るとがっかりされてしまったり「意外です」という感想もありますが、みなさんだっていろんな面をもった多面体の個性でしょう?
私は自宅で作業をしている時は、気分転換で散歩やランニングに行ける様にジャージ姿ですし、現場に行けば足場を登って職人さんと打ち合わせします。ジムに通っていた時は格闘技系のエクササイズにはまって台湾や香港やフランスにレッスンを受けに行ったりしていました。ロシア史や経済に興味があって一人でロシアのモスクワからウラジオストクまで1週間シベリア鉄道に乗り続けて旅をしたり、子供の頃から行ってみたかったエジプトでは深夜列車の座席が取れず2等列車の通路に体育座りして旅をしたこともあります。
いわゆる「女性らしくない」面がたくさんあっても、私は女性です。
いろんな面を持っている個性こそ私だ、と言えますが、それが「私が思っていた人とは違う」と認めてもらえない場はやっぱり苦手です。

 

ところで、男性の方が多い会合を欠席した時、男性から「やっぱり女性がいないと華やかさや盛り上がりに欠けますよ」と言われて、「私は女性として彼が求めている華やかさや盛り上がりを提供しなくてはいけないのだろうか?私はこの場にいるメンバーと対等な関係にあると思っていたのに、なぜ私だけ女性だからという事で華やかさを求められるのだろう?」と戸惑いました。
その方は私と同じ年齢くらいの方ですが、彼にとっては女性は華やかさを添える存在なのでしょう。(もちろんそういう考えの方は世間にもたくさんいらっしゃいますし、そうありたいと願っている女性も多くいますので、否定はしませんが・・)

でもね、私はもともとgender equality(ジェンダーイクオリティー)に近い思想の持ち主で、男性であれ女性であれ、その場にいる人全員が一緒になって楽しい空間を作り上げることが本当にフェアな人間関係だと思っています。

それに、男性でも華やかな存在の方はいらっしゃいますし、女性でも目立たないような佇まいの方がいます。リーダーシップを発揮してはっきりした言い方をする女性もいますし、物腰の非常に柔らかな男性の方もいます。
だから、男性女性という見てくれではなくて、一人一人の持っている個性を見ていくべきだと思うのです。
それに、「女性がいたら華やかだったのに」より、男性だろうが女性だろうが「あなたがいたら華やかだったのに」って言われたほうが、言われた方も嬉しくありませんか?

 

いろんな個性がいるから社会が成り立っています。「女性だから○○」「男性だから○○」とひとくくりにくくるのではなく、「○○さんだから」で見てくれる社会であってほしいし、一人一人の意識がそうなってくれたらもっと自由で生きやすくなるのになぁと切に考えています。