パリの通り名プレートには歴史が刻まれている

パリの街角、建物に必ずあるのが、通り名を記したプレート。
通りには必ず通り名がついているため、道路が交差するような場所には大抵この通り名プレートがあります。
なので、パリで「あれ、今どこに向かってるのかしら」と方向がわからなくなったら、まずは通りと通りの交差する角に行きましょう。
その角の建物には大抵通り名を記したプレートが掲げれているので、どこの通りとどこの通りが交差している場所だ、ということがわかるようになっています。
 
 
この通り名プレートは、時代によってさまざまなデザインがありました。
建物のファサードやアンティークショップで、それらの時代を感じさせる様々なプレートを見かけることができます。
 
 
1847年に建物の番地更新と同時に、陶器製のプレートが公式なプレートとして採用となって以降、1938年に法律でプレートのサイズと表記が一律化されました。
 
このプレートには
・70cm〜1mの幅x35cm〜50cmの高さであること
・青地のベースカラーに文字や数字は白
・プレートは幅3.5cmの緑銅色の枠で囲む
・枠には白と黒の線で立体的にみせること
・区名を書いた半円形の小プレートを上につける
という決まりがあります。
上の写真は、まさにそのルールに則った「オフィシャル版」ですね。
 
 
上の写真の2つあるプレートのうち、角の手前のプレートをよくみてみると、半円状の上のプレートには1er Arrtとあり、これはPremier Arrondissement(1区)の略語。
下のプレートには大きくRUE SAUVALとあり、これが通りの名前。RUEというのは「〜通り」という意味なので、SAUVAL通りという名前ということがわかります。
通常はこれでプレート完了なのですが、このプレートには下に小さく1620-1670 HISTORIEN DE PARISと書いてあります。これは、1620-1670年代という17世紀にこの通りでパリの歴史的な出来事があったことを示しています。
ここはパリ1区のまさにパリの中心地なので、華やかな歴史を感じさせますね。
 
 
また、左側のコーナーのプレートには同じく1er Arrtとあり、こちらも1区にあることがわかります。
通りめいにはRUE BERGERとあり、こちらはBERGER通りです。
 
つまりこの建物は、SAUVAL通りとBERGER通りに面した角ということになりますね。
 
BERGER通りのプレートには細かい字で1791-1859とあり、PRÉFET DE LA SEINE DE 1850 A 1853とあります。
これは1850年〜1853年までこの地に当時のセーヌ県の県庁があったことを示しています。
ちなみに1850年〜1853年といえば、1851年にナポレオン3世がクーデターを起こして政権掌握した時代。
彼の治世にパリの近代化計画が始まり、1853年に現代のパリ市の形を作ったオスマン知事がセーヌ県知事に任命されています。
ということは、まさに「その時代」の舞台がここだったということです。と・・・尊い・・・!
 
 
というように、何気なく通りを彩っているプレートには、実はひとつひとつに様々な歴史も刻み込まれているんです。
パリに行ったら、プレートをじっくりながめて見てみましょう。
きっと思いもかけなかった発見が、あなたを待っていますよ。

 
 

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