点と点がつながるから歴史はおもしろい

私は世界史が大好きで、学生の頃はよく三国志やベルばらなどの歴史の漫画を読みふけりました。
いや、漫画やゲーム(KOEIの大航海時代II)がきっかけで世界史にはまり込んだ、というのが正解でしょうか。
人と人とのドラマが、大きなさざ波となり、大きくうねって人類の歴史を彩ってきたと思うと、今でも興味が尽きません。
世界史のおもしろさは、世界の各国々や地域で起きたこと(縦軸)を、時代という横軸で切ってみたときに、驚くべきつながりや世の中の流れが見えてくることだと思っています。
 
 
そんな、世界史のおもしろさを実感する出来事がありました。
 
 
去年、親友と日本橋高島屋で開催されたベルばらの漫画家で有名な池田理代子展に行ってきたのですが、そこで出会ったのが、おそらく超マイナーな漫画「天の涯(はて)まで」という、ポーランドの歴史漫画。
「ベルばらとともに」展で学んだ2つのこと
https://www.ed-commons.net/other-17007/
 
 
ところでみなさん、ポーランドの歴史はご存知ですか?
ポーランドは本来は豊かな知の都であったのに、いつしか強大になった隣国の大国と大国にはさまれ、陰謀に巻き込まれて他国に自国を勝手に分割されてしまった、文字通り「亡国」の歴史を持ちます。
でもその分、民族の誇りというか諦めない強さがあるんですね。
 
池田理代子さんが描いた「天の涯まで」は、当時のポーランド王の甥であった、ユーゼフ・ポニャトフスキー(Józef Antoni Poniatowski)の生涯を描いた壮大な歴史漫画です。
ちょうど去年はこの漫画との出会いがきっかけで、ポーランドの歴史を改めて学び直し、第二次大戦中にポーランド人将校が人知れず数万単位で虐殺された「カティンの森事件」を題材にした映画や、「夜明けの祈り」という第二次大戦後にポーランドで実際に起きた女子修道院での悲劇を扱った映画も見に行きました。
今年のサッカーW杯も日本とポーランドが戦ったこともあり、ここ数年、すごくポーランドに注目していたんです。
 
 
「天の涯まで」でも出てきますが、母国の亡国の憂き目をみた主人公ユーゼフは、フランスのナポレオン軍と合流し、かの有名なロシアに遠征に赴きます。
実はユーゼフは、この戦いで「ポーランド人で唯一フランス元帥」というフランス軍人の中でも最高名誉が与えられた人間です。
 
パリではナポレオン時代の元帥の名前を大通り(ブルバール・デ・マレショー Boulevards de Maréchaux)につけていますが、ユーゼフの名前を冠した「ポニャトフスキ大通り(Boulevards Poniatowski)」があることを、今春にたまたま仕事を通して知りました。

パリ好きは知っておきたい!!パリの道のルール♪


この通りを発見した時、私の中で歴史の点と点がつながったような、大きな感動がありました!
 
だって、漫画に出てきたユーゼフが、本当にいたという証ですもん!大興奮です!!
 
 
そして、数週間前。
オンラインのフランス語教室で、今後の勉強方法について先生とプランを練っていました。
 
会話がフランスのインテリア業界の話になり、今注目しているインテリアデザイナーは誰ですか?という話になり。
数週間前にたまたま調べていてパリの有名なインテリアデザイナーのサラ・ラヴォワーヌ(Sarah Lavoine)の話になったんです。今度パリに行ったらぜひ彼女のお店に行こうと思っていました。
 
サラのお店を調べたときに彼女の経歴や実績をプリントアウトしておいた紙があったので、先生に「サラの名前のスペルを教えて」と言われて、SkypeでSarah Lavoineと打って出てきた彼女のWikipediaを送ったら・・・そこになんて書いてあったと思います?
 
 
なんと、Wikipediaの画面にはサラ・ポニャトフスキーと表示されていました。
数週間前にWikipediaで調べたときは、サラ・ラヴォワーヌだったので、あれ?と思い、それから、ポ、ポ、ポニャトフスキー?!えっ・・・!!となったわけです。
 
 
そういえば、サラの資料には、その経歴に父親がポーランド系貴族だとちらっと書いてあったことも思い出して。
 
 
授業中、先生と話していたのに急にだまりこくった私は、Wikiのサラのお父様の名前をクリック。
 
 
・・・やっぱり。
サラのお父様は、ポニャトフスキー氏で、一番後ろには、一族として見覚えのあるユーゼフ肖像画が載っていました。
そのとき、先生から「ねえ、今フランス語でサラの経歴を見たら、今年離婚したって書いてあるわね〜」と。
 
 
そうか、そういうことか。
サラ・ラヴォワーヌのラヴォワーヌという名字は、インテリアデザイナーのラヴォワーヌ氏と結婚したからラヴォワーヌだったんですね。
たまたま最近離婚されて名字を戻したので、実家はポニャトフスキーというポーランドの王族につながる貴族の名家だったとわかり。
 
 
わ、わ、わぁぁぁぁぁぁぁあああああぁぁぁぁ!!!!
 
 
「天の涯まで」、ポーランド、パリ、そして自分の仕事であるインテリア、、これらの点と点が、ポニャトフスキーという名前でつながった瞬間。
まさかの展開。
思わず声にならない叫び声が出てしまいました。
なるほど、こういうことがあるから、歴史は魅力なんですね。
こういうことが味わえるから、学びはおもしろいんですね。
 
 
もちろん、興味があることを調べて、アンテナが自然と立っていたからのそれぞれのつながりだったのだと思いますが、なんとまあ、思いも寄らない展開があって、あの点と点がつながったのだ!という感動と興奮の朝でした。
 
 
ちょっと長くなりましたが、もうね、こういう発見があるから歴史好きはやめられないです。
引き続き、ポーランドとパリにご縁を感じながら学んでいきたいと思っています。