なぜ敷居はまたぐべきなのか

子供の頃、「敷居(しきい)は踏んではいけない」と言われたことはないでしょうか。
そう、敷居は踏まずに「敷居はまたぐ」のが日本のマナー。
(昔はホームドラマで親が「2度と家の敷居はまたがせない!」と怒鳴っているシーンもありましたね)
 
 
ちなみに、辞書をひいてみますと、「敷居をまたぐ」の意味は、「家の中に入る」ということになります。
「二度と家の敷居をまたぐんじゃねえ!」という言葉は「家から出て行け」という拒絶の意味ですので、もしこう言われる機会がありましたら、それでも家に入りたいのであれば謝るか、いったん引き返して怒りがおさまるまで待つことを私としてはおすすめいたします。
 
 
ところで敷居ってなに?の方も多いのではないでしょうか。
こちらが敷居です。
襖(ふすま)が走る、レール的な溝のついた横木です。

 
 
またこちらは玄関の敷居。

地面から数段あがっているようにみえる、木枠の一番上です。
古いお家に縁がない方でも、神社やお寺の出入り口が木枠で段がついているのは見たことがあるかと思います。
 
 
ちなみにこの建物は、赤羽にある北区ふるさと農家体験館という、この地に移築された古民家です。
この玄関の敷居は、直接踏ませないように板を渡しています。
スタッフの方に聞いてみますと
「今は親が教えないのかね。マナーを知らずに敷居を踏んだり腰かけたりする人が多いから」と嘆いていました。
 
 

なんとなく「敷居は踏んではいけない」とわかっている人でも
「なぜ敷居は踏んではいけないか?」と聞かれると、明確な理由がわからないという方も多いかと思います。
家の格をあらわすから、とか、親を踏みつけるようなものだから、ということを親から言われた方も多いのでは。
でもなぜ、敷居が家の格をあらわすのか、なぜ敷居は親同然なのか・・?
今日は建築的な観点から、「敷居は踏んではいけない」理由をご紹介します。
 
 

敷居は建具の一部であり、床ではない

敷居というのは、必ず襖や障子、玄関の引き戸など、「戸・扉」を意味する建具(たてぐ)の下に存在します。
今は上吊り戸とかもありますが、扉には、外側に四方または三方に枠がついていますよね。
敷居は建具の一部なのです。

現在は、襖や障子のレール部分は溝ができている樹脂や塩ビ性になっているものを使うことが主流ですので、傷んだらレールだけ交換ということが可能ですが、昔は木枠の溝を一本一本ノミやカンナで数ミリ削って作っていました。
敷居は削りすぎるとなくなってしまうわけで、だから昔の襖や障子は丁寧に開け閉めするのが普通だったのですね。
あくまで建具の一部であり、床ではないから踏むものではないし、踏んだら建て付けが悪くなるから踏まないでまたごう。昔の人はこのように考えていたんですね。
 
 

取り替えがきかないパーツである

日本家屋の枠というのは、扉の動作やら地震やらで使って行くうちに緩んできたり歪んできたりします。
皆さんも「最近、この扉を開閉するときになんか重くなったなあ」という経験はありませんか。
襖や障子は建具枠から取り外すことが可能ですが、昔の建具枠は最初にバランスみて組んでいますのでそこだけ交換するとバランスを崩すため、一部交換がなかなか難しい部分でもあるのです。
玄関の敷居は、外気にさらされ出入りが激しい分、いたみも激しいと思いますが、敷居だけ取り替えるということができません。
家の顔というべき玄関の敷居。取り替えがきかないパーツからこそ、丁寧に扱いながら出入りすることで家への礼儀を示そう。
取り替えるということは、すなわち家を建て替えるとか大掛かりな工事になるから、そうなると親の所有物としては高価なものなのだということが、建築的な視点から解釈できます。
 
 
「親に失礼だから」「家の中の神聖な結界だから」と言われたから、マナーを守る。
それはそれで良いと思います。
しかし、その言葉の中に、建築的な事情や意味が潜んでいることを知っていれば、意味合いもより深くなるのではないでしょうか。
 
 
敷居を踏んではいけないという言葉を知らずに腰かけたり踏んでいた人も、これからは建物を大切にいたわる気持ちで敷居をまたいでいただけたら、私も嬉しいです!